Mar 19, 2011

情報開示か、混乱回避か


福島原発の事故について、各国で対応が異なっています。日本政府や東電からでてくる情報ははっきりしたものではなく、「なんとなく大丈夫」みたいなのが多い気がします。そして、それを信じていない人もたくさんいます。たくさんね。
こんな記事を読みました。天木直人のブログ:「外国人の国外退去を隠そうとした日本政府」。

例えば
ドイツ大使館が在日ドイツ人に国外退避を呼びかけたところ、日本政府から「国外退去をすすめた事実は公けにはしないで欲しい」という要請がドイツ大使館に寄せられたというのだ。
だってさ。これが本当かどうかはわかりません。でも、本当なのかなあ、という気もします。
フランスに関しては国外退避を勧告しているとも聞いていますので、まあありそうな話ではあります。

情報開示に関しては2通りの考え方があります。すなわち、情報を開示するかしないか。
単純に裏表。これは、情報を隠すか隠さないか、と言い換えてもいいかもしれない。

「正しい情報を全て開示する」と、その情報の内容によっては国民の混乱をまねく恐れがあります。大きなショックをもたらす恐れがあります。
それらを考えた上で、政府の判断はこうでした、そして国民のみんなにも考えてほしい、みんなにも判断してほしい。そういうことかな。
個人レベルでも、いろいろ判断し、そして行動する必要がでてくるでしょう。そして、その行動はおそらく、みんな一緒になることはないでしょう。

「正しい情報を開示しない」ということは、その反対。まず、国民の混乱を避けることを第一に考えるということ。国民が勝手な行動にでないようにすること。あるいは、情報を開示しても、国民にできることは何もないため、教える意味がないと判断したということ。どちらにしても、状況があまりよくはないときの手段でしょうか。
まあ、国民には、知られてもいい情報だけ教え、知られたくない情報は教えないということですね。
国民の行動は国がコントロールすべきだという考え方とも言えるかもしれない。

どっちがいいんでしょうか?
日本には(日本だけじゃないとも思いますが)、この情報を開示しない、つまり情報を隠す、ことに賛同する人がけっこういます。
「無駄に不安を煽る必要はないじゃないか」
そう言う人、周りにもいると思います。特に、比較的上の世代の人に多いんじゃないでしょうか。

でも、僕はその意見には賛成できません。
僕は「正しい情報をきちんと開示してほしい」と思うし、そうすべきだと思います。
与えられる正しい情報が増えるにつれ、判断は深まるし、選択肢の確実性は高まります。もちろんその判断が誤ったものになり、危険が生じるという恐れはありますが、そこはもう少し国民を信じてもいいのではないかと思います。
先の状況に備えることができるようになります。精神的にも準備ができるでしょう。
情報を開示することによって、混乱が回避できるということもあると思うしね。
そして、何より、誰も政府の発表を信じないようになってしまいかねません。それは非常に危険です。

これって、がんの告知になんか似てますね。
医師が患者の家族に聞きます。
「治療できないがんであることを、本人に告知しますか?」
「本人には知らせないでください」と答えますか?
「本人の病気なんだから、やっぱり本人も知るべきです」と答えますか?
正解があるかはわかりません。事前に家族同士で話し合っておくべきですね。

国の情報開示についても、一回国民投票でもやってみるといいかもしれません。
「時には冷酷かもしれないけれど、国民は正しい情報を知るべきであり、国は悪い情報であっても開示すべき」か、「対策のしようがないのであれば、情報開示は国民の不安をかきたてるだけであり、国はそのようなことをすべきでない」か、どっちがいいですか?
僕はやっぱり前者ですね。

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